これは北尾重政(元文4〜文政3・1739〜1820年)の浮世絵
「新吉原之景色」だ。
制作年は未詳だが、遊女の髪形からすると宝暦の頃(1751〜64年)だろう。
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書き入れはこうだ。
「新吉原之景色
明暦年中このまちにうつさるる この内をくるわという
二町四方のかこみのうち 五町のまち屋
大門よりすぐにある町を仲の町という
○女町を江戸町 京町 すみ町という
あげや町はあげやありて○にぎわい
まことにきけんじょう(喜見城)のたのしみというも
このほかにはあるべからず
まことに太平の御代なるゆえなり」
この類いの書き入れはあまり信用ができないようだ。
二町四方というのは元吉原の話で、新吉原は全長が十三町もある。
人で賑わっている通りが仲の町で、通りに面して並んでいるのが茶屋だ。
縁台に腰掛けてたばこを吸いながら客を待つ遊女がいる。
右の方に提灯を持った男衆がいるが、これは茶屋の男衆で客を揚屋に案内するところだろう。
「新吉原之景色」だ。
制作年は未詳だが、遊女の髪形からすると宝暦の頃(1751〜64年)だろう。

書き入れはこうだ。
「新吉原之景色
明暦年中このまちにうつさるる この内をくるわという
二町四方のかこみのうち 五町のまち屋
大門よりすぐにある町を仲の町という
○女町を江戸町 京町 すみ町という
あげや町はあげやありて○にぎわい
まことにきけんじょう(喜見城)のたのしみというも
このほかにはあるべからず
まことに太平の御代なるゆえなり」
この類いの書き入れはあまり信用ができないようだ。
二町四方というのは元吉原の話で、新吉原は全長が十三町もある。
人で賑わっている通りが仲の町で、通りに面して並んでいるのが茶屋だ。
縁台に腰掛けてたばこを吸いながら客を待つ遊女がいる。
右の方に提灯を持った男衆がいるが、これは茶屋の男衆で客を揚屋に案内するところだろう。